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2006年2月28日 (火)

「男女共同参画」と「ジェンダーフリー」

 「男女共同参画」という言葉は実に分かりづらいのですが、その活動を進めているのが地域の女性団体であることも、その分かりづらさを深いものにしている原因のひとつだと思います。
 男性優位な社会になったのは戦争をするようになってからではないかとか、家督相続を男子に限ったことが影響していやしないかとか勝手に思っているのですが、その男性優位社会の発生論はこの際置くとして、現状を考えて見ましょう。

 子供を産む性である女性は、確かに連続して長期間安定した労働をすることに向きません。これは体の問題なので、それを十分に考慮した社会作りが必要なのですが、現在そうなっていません。男性優位社会はすでに過去のものといった感のある昨今ですが、女性の声は確実に届くようになっても、女性の性に関する特性を考慮した新たな社会制度作りは、ユニヴァーサルデザインが普及しているほどには広がる気配がありません。

 じゃぁ、どうするか?

 で、決定権を持つ女性が増えればいい、という短絡的な話になるわけです。
 でも、これって間違ってる気がします。

 この社会は、vsという構図では成立していません。個別には、現時点で多くの場合は男女が最小の集合体である家族を構成しています。もちろん同性でも構いませんよ。まぁ、話の行き掛かり上、そんな話として進めますが、別に対立しているわけじゃない。男性と女性はお互いにくっつきたがっているわけです。だけどこの問題が出てくるときに限って、男性が自分たちに有利な社会制度を作ってそれを維持して女性を搾取している、女性は男性にやられちゃってるという議論になる。だから「女性の国会議員を!」とか、「社会の要職に女性の比率を増やせ!」的な方向に話が進みがちです。まして「女性団体」というのは掃いて捨てるほどあるのに、「男性団体」というのは珍しいように思います。そしてその「女性団体」に男性が入っている、というのもあまり目にしません。性差による選別をしているのでしょうか?男性と女性の間で地球の覇権争いをしているのですかね?「猿の惑星」みたいにお互い否定しあって、虐げられてきた女性が虎視眈々と覇王の座を狙っている・・・のか?

 けれど、「男がダメなら女が決める」という具合には行きそうにないと私は思うのです。
これもバランスの問題で、女性が決めたら悪くなるということもないとは言えません。何もかも平等、折半でやったからと言って、社会が動く保証なんてない。なぜならば、それを決めたり変えたりしている「社会の要職にある」みなさん方は、その問題の本質を「どちらの性が決めるかによって内容が変る」と思っている人々ばかりだからです。

 この問題は、教育の問題ですよ。

 ジェンダーは、性別による肉体的な差異をベースにして、長い時間をかけて形成され定着してきた「社会において性別ごとに付与された役割」のことですが、このことを正しく理解することが、性別に関係なく誰もが堂々と自己実現を図れる社会の形成のために欠かせません。
 その意味で、男性はもちろん女性にも、ジェンダーに対する正しい理解を深めてもらわなければならないと思います。

 ここでジェンダーについてちょっと考えて見ましょう。

 よく言われるのが、徹底的にジェンダーフリーを推進しようという話です。「男性と女性の差をすべて無くせば男女平等は実現される」という話らしいんですよ、実は。

 じゃぁ、トイレも一緒、着る服も一緒、髪型も化粧も、お風呂も、もちろん仕事や社会での役割なんかも、みんな同じにしたら「男女平等な社会」ってわけですか。

 タモリなら言うでしょう。

 「んなこたぁ、ない!」 ちょっと古い)

 中国でおこなわれていた纏足のように女性を「女性」の枠に入れて教育する傾向は今ではあまりなくなってきていますので、男も女もこれまでのジェンダー定義を横断する中で育っていると思います。そうした纏足的押し付けがなくなったとしても、やはり男と女は100%重なるわけではありません。

 ユニセックスのフリーサイズでは満足いかないです!

 区別が必要な場面では、しっかりと区別しなければなりません。例えばトイレの入り口のサイン。

 スカートをはいた赤いシルエットは女性、スカートを履いていない青または黒のシルエットは男性。日本ではこれで区別が可能です。これがあるから、ちょっとくらいボーッとしていても、間違えずにそれぞれのトイレへたどり着くわけじゃないですか!これが揺らいだら厳しいですよ。注意力散漫なお年寄りなんか、「トイレを覗くエロジジィ」というありがたくないレッテルを貼られてしまうでしょう。
 これは差別じゃありません。必要な区別を迷わずにするための知恵です。そのことで誰も迷惑していない。そう言うと「国際的には通用しないから外国人差別だ!」などと言い出す人がいそうですが、だったら新たな世界標準をISOとかで作ればいい。避難経路を示すみどりのサインはISO基準ですから、トイレだって無理ではないです。

 そもそも違うものを同じにしようとするから問題なんです。自由の幅が大きくなっている現代社会で、その自由をどれだけ希望者に保証してあげられるか。これがこれからの課題でしょう。「あなたは女だからダメです」「男だからいけません」ということがないように。

 ただ、社会は長い長い時間をかけて、安定を保ちながら変化を続ける生き物のようなもの。大魔神の怒り顔のようにすぐに変えることはできません。「そうさせてやりたいけれど、今の世の中でそれに挑むのは、猫ひろしがチェ・ホンマンにOK勝ちする以上にむずかしい。だからよく考えろ」というのはありですね。それは愛情です。

 韓国や北朝鮮のように「日本は悪い国だからやっつけよう!」という教育をやると、これだけの影響があるのですから、誤りのないジェンダー教育が、一番手っ取り早く日本を変えていく可能でいの高い分野だと思います。

 正解が何かより、今は議論を盛り上げる時です。

参考に見てね:http://www.jiyuu-shikan.org/teachers/hattori/0311.html

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<余談>

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2006年2月24日 (金)

世の中にいる自分

今は、明らかに犯罪に絡む話題以外は自由に話すことができる、「規制の少ない世の中」になりましたね。あまり自由自由と言うものだから、考え方も自由になってしまって、気に入らないヤツを殺すことを妄想したり、まぁ、性的な部分ではみなさんご存知のとおり青天井だったりするし、それをヴァーチャル体験としてサポートするツールがたくさん出ているので、自由の範囲がアナログ時代と比べて各段に拡大している気がします。
そんな中で、「自分の日常はどうあるべきか?」というガイドラインを持たない人間が大量に発生している気がします。時代時代で、民衆がみんなして目指す価値や美徳というものが存在しました。それが今、世の中を見回してみてもなかなか見つかりません。既存の宗教も振るわないし、日本人は賢くなっていて説得されづらくなっちゃいましたから、中国や北朝鮮のように「人海戦術」という大量動員はもはや無理とさえ言えます。
人々を同じ価値観で律することができないこの世の中では、「個」の中でのみ有効な「マイ価値観」ばかりが育ってしまって、地域やご近所はおろか、身近な友だちや家族の間でも共通の行動規範や価値観が共有できなくなりました。
例えば、日常のどこにでもある“家族”という単位の中で。
2世代同居は私の住む田舎では当然と思われているところがあるんです。しかし、その仕組みの中で日々苦しんでいるお嫁さんがいたり、お互いの立場や存在が読めてない夫婦がいたり、子育てを自分の趣味より下に位置づけている親がいたり、身勝手に自己実現しているだけのおせっかいな姑がいたりで、なんとも落ち着きのない日々が続いています。
もとより、地域統一の価値基準で何もかも統制したほうがいいなんて私は言いません。ここで起こっている問題は、すでに最小単位である家族を離れて成立する社会規範が壊れてしまっているのに、いまだにそれが機能していると勘違いして自分勝手な個別の価値基準を、それが通用しない自分以外の人間にまで当てはめようとすることから発生するのだと私は考えています。

そんな家族の中であなたはどう振舞いますか?
例えば、そんなことを考えていくのがこのブログの趣旨です。

自分の価値基準で誰かにものをいう場合に、本当にそれでいいの?という疑問を自分自身に投げかけてみませんか?
自分にとっては100%な価値観が、他人にとっては1%も評価されないなんてことはままあります。それを自覚することで「自他」を正しく認識することができるし、その中から共通の何かを生み出していくことだってできると私は思います。

私なりに考えた世の中の見方、捉え方、考え方を、私の言葉で考えて行きます。以後よろしくです。

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いちから出直し

反省して出直します

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