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2006年4月17日 (月)

女性蔑視者ではないのに・・・

たぶん、会話や議論の中でわたしが、

「身体的な特性や限界に根ざす男女の区分はあり得ると思う。オリンピックには同じ種目に男性のみエントリー、女性のみエントリー、男女でエントリーがあるけど、ほとんどのものは同じ形態のスポーツを、男女別々にやるのだから、男と女には誰もが認める違いがある」

などと言おうものなら、

「あなたは女性を能力の劣った生き物とみなす“女性蔑視者”だ!」

などと言われかねません。

そう言われたり思われたりするのは、かなり不本意ではありますが、まぁ、それは言われたときにしっかり反論するとして、それについて考えて見ましょう。

普通より広くて車庫入れがしやすい女性専用の駐車場が、一般の駐車場の中に設けられた、という記事を読みました。

このニュースで女性の地位向上と権利の向上が前進した、と考える女性がいたら、それは「女性は駐車場での車庫入れがヘタ」ということを受け入れたことになって、実におかしなことになる気がします。

わたしの考えは・・・かといって男性と女性は大勢の平均を可能な限り取った場合でも、運転能力に差がない、なんて思いません。かといって、すっごく運転が下手な男の友人は少なからずいるし、女性より運動能力が明らかに劣る男性(わたしも含めて)だって掃いて捨てるほどいます。

はじめに「男女はすべてにおいて平等だ」という地点から出発すると、そんな男女の無視できない身体的な違いでさえ平気で同じだと言えてしまう偏った考えの人が、実はたくさんいます。

女性の限界は、男性の限界を超えないかもしれない、けれど、限界ではない普通の男性なんて比べ物にならないくらい優れた能力を持つ女性は限りなくいる。男性は望んでも妊娠できない。男性的なものと、女性的なものは、実際の体の性ほどは厳密に別れていません。おじさんみたいなおばさんってのもいるし。

このあたりは、「違いあり」と「極端な部分を除いては男女逆転も多い」というそれぞれの議論を十分にやってから、で、それぞれの関係はどうなるのかを、よくよく考えていく必要があるのでしょうね。

眠くなってしまったので、しゃんとしているときにさらに考えてみたいと思います。

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