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2007年2月28日 (水)

再来年の準備

わが家では薪ストーブがメイン熱源です。

今年は暖冬で、1月下旬に「薪いるかぁ?」

という電話がヒデさんから来ました。

Imgp1160 現場で50cm以内にこなしてからトラックで運ぶわけです。

で、その後は薪割り。

Imgp1161

今年は量が多かったので、「火もち」より「燃え付き」を優先させて、たくさん割ってみました。

暖冬の影響で焚く量が少なく、置くスペースに困ったので、このところバンバン焚いています。ストーブの前ではみぃちゃんがうとうと、ゴロゴロしています。

Imgp1134

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2007年2月19日 (月)

エヴァを語る者たち

オレの職場の先輩で、パチンコ好きなTさんは、多くの同胞が通年で大きく負け越しているのを横目に、給料をすべて家に入れていながらも、左うちわな裕福ライフを謳歌している。

さすがにその道の大物だけあって、パチに取り組む姿勢は一切の妥協を許さないというか、「そこまでやるかぁ?」というか・・・。

CR「エヴァンゲリオン」シリーズもすでに3作目となっているが、その機種を攻略するために、彼はレンタルビデオ屋ですべてのエヴァを借りてジックリ観たという。パチンコ必勝のみを目指す人間が、人類補完計画にまで口を挟むとなれば、これはただ事ではない。

 今年は庵野監督が前編、中篇、後編、完結編をリビルドするとのことで、整理されたストーリーに、やっと出会えるのかと期待する半面、10年前のテレビ放映版のコンセプトである「庵野監督の精神状態とのシンクロ」を引き続き標榜しているのなら話しはややこしい。時間に追われて仕上げた当時の作品は、監督の内面を刻み付けられた作品として、碇シンジをはじめすべての登場人物に庵野が憑依している。庵野の総体をなすさまざまな情報が重層的、分裂病的にバサバサと折り重ねられてなんとか映像の体裁をとっているこの映画の後半は、それゆえに当時社会の中で量産された同じメンタリティを持つ人々との高いシンクロ率を示した。「自分には何もない」と頑なにこだわることで自分自身を不安の海に叩き込んでいるこの人には、実は冷静に計算しながら生きている影がいると思いたくもなる。実りなき人生に立ち向かうことで、平穏な人生を「バトルフィールド」に変え、濃密な時間を獲得するという手法は、絶対に計算ずくだとしか思えない。

そんな自己投影アニメのリビルドにあたり、きっと時間とともに頭の中も整理されて、以前のエヴァ製作によって出された答えを下敷きにした現在の庵野の、以前とは異なる精神状態から、大きく目的地を修正されたエヴァが観られることになるのだろう。

話しを戻そう。そんなTさんに「キミがそんなにエヴァを好きだとは知らなかったよ。エヴァの世界観についてさらに教えてくれよ」という話しをいただいた。1月に、CRエヴァ、セカンドインパクトやりたさに数年ぶりにパチンコ屋に出かけ、痛手を負ったオレのエヴァ解釈を知ったら、出るものも出なくなるのではと心配なんだよね。とにかく、パチンコしない人なオレだけど、「奇跡の価値は」をぜひ攻略したいものだと、発進準備に余念がないわけさ(いや、ホントは怠けているが)。TさんにかかるとCRエヴァは$箱に変身する。それはアニメの中のエヴァとパイロットたちのシンクロ率の問題ではもちろんなくて、TさんとCRエヴァとの直感的フィーリングの一致と、集中力による強引なまでのシンクロ率の上昇によるものであることは想像に難くない。

エヴァをめぐる状況はさまざまに分岐している。戦闘型ロボットアニメとして深読みなしで楽しむ人、壮大なシナリオと、そこここにちりばめられ、巧妙に隠された謎と世界観を分析する人(オレ)、監督の意図や時代的な背景などを受けて側の精神状態などにも言及しながら追っていく人、綾波やあすか、あるいはも少し上のおねいさまたちに萌える人などなど・・・。今から8年以上前に書いたエヴァの表面的な解説がHPに残っているのでリンクします。「アルジュナハートMeetsエヴァ」

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2007年2月16日 (金)

冷え込んだ長野の堤防で事故車に遭遇

Imgp1162 昨夜の降雪が一度解けて、今朝方の冷え込みで一気に凍りました。

ヤバそうな黒い道です。

そんな道路の先にやったばかりの事故車を発見。止まる場所もなく協力できなかった(ちょっぴり自己嫌悪)。

このまま春になるほど信州の冬は甘くないね。

みなさん、通勤通学の乗り物には気をつけましょう!

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2007年2月 9日 (金)

H5N1型鳥インフルエンザは本当に安全か?

H5N1型の鳥インフルエンザに対して、人体の免疫機能は不十分との話しを聞いた。
宮崎県知事東国原氏は「被害は深刻だが、食べても大丈夫」的な発言をして風評被害対策をしているようだが、WHOや海外の専門家の間では、人体内で変異して広がると、全世界で数百万人が死亡する事態になるとの見解を出している。しかもこれまでの人の死亡例はアジアに集中しており、インドネシアでは、食料として重要なニワトリをはじめとする鳥類の個人飼育禁止を世界で始めてジャカルタで実施していて、地方都市にも順次拡大すると言っている。裏庭で飼っている食用のニワトリが見つかると警察が没収、廃棄処分するらしいけど、ジャカルタでも死者が出ているから逆らうものはいないらしい。中国でも死者がたくさん出ているようだ。海外では人が死ぬ病気であるとの認識が一般化しているわけだ。
BBC Healthからの抜粋(原文のまま)
As 2005 began, the deaths of two young boys in Vietnam were overshadowed by the disastrous tsunami that swept across the Indian Ocean. But the boys' deaths, from a strain of influenza known as influenza A H5N1, or 'bird flu', could herald an even greater loss of life.
In 1918, a flu pandemic killed more than 20 million people worldwide, and many infectious disease experts believe another flu pandemic could be imminent.
The appearance in humans of a type of flu that normally only affects birds may be an important sign that some strains of the virus are changing, or mutating, in a way that could threaten people around the glob.

 厚生労働省でも「これまでに人体に被害があったとの報告はない」という見解を出しているようだが、この見解には「今後もそうしたことは起こらない。安心だ」という内容はどこにも含まれていない。そのまんま知事の「風評被害」発言でも、「風評」であって事実が伴わないのならいいが、「鳥だけにしか感染しない」という表現は明らかに誤りであり、意図的な誘導が含まれていると言える。
 「日本は大丈夫神話」は、政府(行政)、マスコミ、国民の3者が無責任な「予期」と情報収集の怠慢によって打ち立てられているが、そろそろ大々的に「ヤバイ」と言い出さないといけない時期に来ているんじゃないかと思う。
 まぁ、もっとも、ぐるっと視点を回転させれば、「65億人は地球上で暮らす人間の数としてはいかにも多いんじゃないか?」といった考え方もできる。少子化を云々する前に、世界を見渡してみないと賢い選択肢は見えてこない。これは極論だけど、社会構成が大きく変わって、新たな目標ができれば、人間はそれに向かって嬉々として力を合わせて立ち向かっていくことだろうね。そうした時にだけ「何が幸福か」という問いに対する有効な答えが出現するんだ。

<参考> 世界の拡大状況が分かる「動く地図」がBBCのHPにありました。
       アジアから西に拡大していく様子がわかります。

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2007年2月 1日 (木)

「産む機械」発言を考える

 柳沢厚生労働大臣のいわゆる「産む機械」発言が、近頃急激に支持率を落としている安部内閣に更なる打撃を与えています。
 この「失言騒動」に対する世の中の反応はさまざまです。中でも大多数を占める反応は「閣僚として有り得ないどころか、人間として有り得ない。即刻辞任!」というもの。そりゃ当然です。「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」(asahi.comより引用)との発言だったようだけど、たとえ話としては失敗してます。分かりづらい。可能な限りやさしく理解して「女性がその体の中に、子供をつくる仕組みを生来持って生まれている」というあたりから「装置」、「機械」が出てきたのかな、と言えなくもないけど、「仕組みを持っていること」と、「産むために存在していること」とは違います。機械、装置は、目的のためだけに造り出された意思も命もない道具のことですから。
 そこへの怒りは至極当然です。分かりやすいし、そこにマスコミも乗っかって煽っていますから、「有り得ない失言→閣僚として失格→辞任→安部内閣絶命→事態(一応)収束→みんな忘れる」というコースを辿るのでしょう。

 さてそこで、上記の反応とは別の側面を考えてみましょう。このおっさんの失言は、このおっさんだけに限った特殊な発言なのか、というとそうではありません。「馬鹿だなぁ、思ってても言わなきゃいいのに」と考える人が確実にいます。だったら言わなきゃ分からないだろうと、バレずに何事もなく済んだ、と考える人もいますよね。けど、これって公衆の面前で言わなければ思うことは自由ということになるのでしょうか?
なりませんね。
 いわゆる好き嫌いといった各人の実存の表明と、万人に自由が保障されるべきという認識に基づく社会的な態度表明とは分けて考えるのが大人の振る舞いですが、現代社会の趨勢に反した戦前的、男尊女卑的な認識をぬくぬくと持ち続けていることは、実存の範疇には入りません。それは無知であり、認識の欠如であり、勉強不足です。今回の「ポロっと」から見えてくる高年層男性の女性蔑視を当然とする認識をこそ問題にすべきではないかと思いますね。
 ほぼ100%のニュースでは「失言は問題」、「辞任」、「安部首相にも任命責任」、「野党は補正予算審議拒否」みたいな表面的報道に終始しています。個人ブログのほとんども、そうした報道をオウム返しするだけの退屈なものです。その中でひとつ毛色の変わった(あくまでも比較として)コメントをしている「50代オヤジの独言」というBlogを見つけました。

<そこからの引用>
"多分言いたい趣旨は「女性は産む機械である」ではないし、そうも言っていないけど、結局その部分だけ切り取られて、「問題だ!」の合唱になるんだろうなあ。正義の味方を自認するマスコミは決して演説や発言の全体趣旨を理解してから報道したりはしないから。例えがあまりに稚拙で驚くし、失言として済まされることはありえないし、かつ少子化の根本原因を見つめていないで表層だけ捉えている発言だけど、まあ柳沢さんは厚生労働大臣というより経済産業大臣にほうが合っているからね。はてさて今後どうなっていくんだろう。格好の餌食になることは間違い無さそう。---゛<引用終了>

 単純化して、国民を上げて盛り上がって、辞任とともに忘れ去られる・・・こんなお祭り体質でいいのかな?まぁ、50代オヤジ氏の言うとおり切り取られた「産む機械」が国民の頭の中で自己増殖して、あらぬ方向へ激走しちゃっていることは間違いないです。意図しない意味づけがどんどんと行なわれて、「だから悪い」と言われても問題の核心にはなんら迫るものではないし、そうして騒ぐ国民一人一人に、自分の発言に意図してなかった意味づけがなされて批判の槍玉に挙げれらることになる可能性があることに、もっと自覚的であってほしいものです。自分の首を、いずれ自分で絞める結果になりかねません。その時になって「いや、私はそういう意図で言ったのではない!」といくら弁明したところで、切り取られて自己増殖しているエイリアンには立ち向かう術なしですな。物事の表面をなでただけで議論が収束していくこんな社会でいいのかな?結局、バカを野放しにしていることに変わりなしなんだけどなぁ・・・

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