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2009年3月16日 (月)

TOEIC、つまずきました

・・・・・なぜだろう?

リスニングPart3が耳に入ってこない。

今回は、前回5点しか伸びなかったリスニングの勉強をそこそこやっていたので、アセってしまった。

BBCのLive Radioを時々聴いていたんだけど、TOEICに出てくるUKスピーカーの発音は、時として英語に聴こえないのだ。十分ではないにしても、ちょっとずつ勉強していたのに得点が大きく下がりそうな予感。なぁぜぇ~???

これで秋までは試験お休み期間に入るので、それまでにTOEIC対策と英検対策と国連英検対策を十分にやって、年内にある程度結果を残したいと思ってます。

・・・ にしても、悔しいなぁ、自分がダメっていうのは、こんなに悔しいんだね。悔しいから昨日の夜から勉強スタートしてます。

模擬問題を自宅で解くよりも、本物の試験のほうができないながら得るものが多いような気がします。 Part7は、相変わらす時間が足りず、残り10分で最後の2問(問題数10個)が残ってしまいましたが、質問文をまず読んで、問題文のこの辺かなというあたりに目を移すと答えがあって、苦し紛れでも諦めずにやればたとえ1点、2点でも取れるわけです。 Part7の解き方研究は大切ですね。時間があるときに読めば、実際大したことないんだけど、ダブルパッセージなんか、時間のないときにやったら気が動転して総崩れ状態に陥ってしまいます。この辺をヒントに解き方を研究してみたいと思いましたね、今回の受験で。

レベルの低い話でスマソ

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2009年3月12日 (木)

今日は5年目のがんちゃんの命日です

大切な友人が亡くなってから5年が経ちました。

楽しい思いでもたくさんあって・・・、でも闘病とお葬式のことを思い出すと、今でも身を切られるような心の痛みを感じてしまいます。

今年も、また彼のことを思い出してみませんか。

http://arjunaheart.com/arjunaheart/ganchang.html

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2009年3月 6日 (金)

野生動物との棲み分け

★野生動物のエサになる実を付ける樹木を山奥へ植えよう!
 「良いこと思いついた」と思ったんだけど、市役所農林課の係長に話したら「四国の村で実際にやっているらしい」 というとで、ちょっとがっかり。まぁ、それは置くとして、「森を豊かに」という方向性は間違っていないと思うんですよね。

 で、人と野生動物がニアミスせずに住み分けられるように、マップを作って効果の出る場所へ栗、柿、りんご、あんず、どんぐりなど、エサとなる実がなる樹木を植えて、それが実を付け始めれば、野生動物は里へ下りなくても生きていくことができるようになる。
 この方法で、イノシシも来なくなるのだろうか?現在、被害が報告されている動物を全てピックアップして、下りてこない方法を専門家の意見を元に考えていく必要がある。

 実施が決まれば、農家は喜んで協力してくれるだろうと思います。

 やっぱり、「下りてくる原因」に対して手当てするのが本来の共生というか「棲み分け」になるのではないでしょうか。

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多読、久々に再開しました

1月はTOEICと英検があり、しばらく多読を休んでいましたが、気が向いて再開しました。復帰第一弾で読んだのは女性の腕利き警察官ジェニー・ローガンが難事件を解決するシリーズものでした。

Level3で、64ページ、YL3.6、総語数14,476語と、私のレベルでは読み応え十分で、楽しめました。やはり語数が増えると話の展開に無理がなくなってきます。英国エジンバラの風景描写が少なかったのがちょっと残念でしたが、グラント巡査と容疑者とローガンの3者による捜査のやり取りは緊迫感が伝わってきます。

これで12万語を超えました。

A Puzzle for Logan(Cambridge English Readers:Level3) Book A Puzzle for Logan(Cambridge English Readers:Level3)

著者:Richard Macandrew
販売元:Cambridge Univ Pr (Txp)
Amazon.co.jpで詳細を確認する

登場人物のやり取りが、会話の勉強になります。オススメします。

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2009年3月 2日 (月)

先輩に言われたこと

「お前は自分のやりたいことをやってない」

久しぶりに会った職場の大先輩に、こんなことを言われました。
思えば、1年前にも「自分のスタイルを確立できていないお前を心配している」と、その先輩に言われたことを思い出しました。

社会的な上昇志向がまだ生きていたのは、たぶんバブルの頃までだったと思います。自己実現、壮大な夢、学歴、社会的な評価、自分探しなどなど、多くの犠牲者を出してきたこれら社会と自分とのかかわりに関する問題は、抜けられれば楽になるし、抜けられなければ常に「オレは男として一人前だろうか?」という自問と「いやいや、本当の自分はこんなもんじゃない」という自答との永久運動によって、死ぬまで走り続けなければならないレースをすることになる。

幸いにして、私はそうやって本末転倒な別の人生を探しに出掛けたりはしません。そんなことで悩むのは大学を卒業して5年くらいにしとかないとね。私がここで話したいことは、この表面的な話の裏側についてなのですが、誤解されるのは避けたいので、うまい表現が見つかったときに改めて書くことにします。

確かに不安定かもしれない今の私ですが、別に世界を相手に働く人が一番偉いわけでもなし、お金のために働いて、家族と幸せに暮らせることは、誰にとっても大切なことだと思うので、そのへんは、先輩の取り越し苦労かな、と思ったわけなんですよ。

けど、心配してもらえるのは幸せなことだなぁ、ってしみじみ思いましたね。

周りの人間をしっかり見ることの大切さを重ねて実感しました。

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