別に機能的な区分をされているわけではないけれど、男性と女性の服装はかなりハッキリと分かれていますね。これは歴史的にいろいろあったにせよ、現在は両性の一方を差別したり貶めたりする意味合いは全く残っていません。身体の差にはほとんど関係のない様式が確立しており、文化的に区別されています。着替えを一緒にするのしないのという議論は一部で盛り上がってますが、なにを着てるかはあまり議論にならないみたいです。
ただし、体型の特徴に関しては大きく違うので、その辺りは「体の性差」に基づいている部分もあります。女性的な体のライン、男性的な肩幅など、体の性別に基づく違いはあったほうがいいです。より自分に合うものを人間は買いますからね。
では、スカートについてはどうでしょうか?
英国では男性がタータンチェックのスカートを穿きますね。私もロンドンの市街でバグバイプを吹くときの服装そのままの紳士に出会ったことがあります。日本で和服を着ている人を見るのとはちょっとちがった感情がわきます。だって、チェックの膝上スカートをはくのって、日本じゃ“JK”、つまり「女子高生」がほとんどだからです。
いや別に性的な興味を、その英国紳士に掻き立てられたとかじゃありませんよ。
私自身はそれをはいておもてを歩くために、かなりな勇気を必要とするということなんです。仮装行列なら別ですが、パブリックな場所でチェックのスカートをはくことに恥ずかしさを感じるのが多くの日本人男性だと思うのです。
これって悪いジェンダー?
地に落ちたような話をしますが、JKがはくからチェックのスカートは普通に見えるわけで、私がはいて、その下からすね毛ぼーぼーの汚い足がのぞいていたら「きったねぇ~!!変態かよ!!!」って話に当然なります。
これがひるがえって、女性の脱毛とかムダ毛の処理ってことになって、大きな負担を多くの女性にかけることになる。これってどーなんですかねぇ?
体の性が女性の人は、この抗いがたい日本社会の同調圧力に負けて、日々せっせとムダ毛の処理を続けているんですね。で、エステ業界が儲かってると。
最近は少なくなってきましたが、夏のオリンピックとかを見ていると、女性のアスリートで腋の毛を処理していない人がいます。スタートラインに立って名前をコールされる時に手を挙げるじゃないですか。その時にこう、ぼーっとね、森状の翳りが見えることがあります。私は腋フェチではありませんので、変な誤解はしないでほしいのですが、そういうのが当たり前の国では、女性はさぞ楽だろう、なんて思うわけです。
近年、テレビなどの影響でヒゲを伸ばす男性が増えました。かく言う私も濃いので、めんどくさい時は剃らずに伸ばすこともあります。この違い!なんなんでしょうね。
男性は伸ばすことで男性の「性的なアピール」としているし、女性は処理することで「女性の身だしなみ」を整えている。
ただし忘れてはならない傾向として、日本の若者の「女性化」があります。どちらかというと、ヒゲを伸ばす男性よりも、お肌ツルツル、髪をキレイに整えてアクセサリーを身につけた“フェミおくん”(古くてごめん)が目立っているのが昨今の傾向です。
この傾向で儲けた化粧品関連企業は多いと思います。「女性にモテる男の身だしなみ」みたいなファッション雑誌の見出しに躍らされている若者が増えました(実は若者じゃない人にまで波及しています)。
まぁ、ちょっとファッションの話からはそれてきちゃいましたが、私は、ファッションの問題は「体の性」つまり「SEX」の部分での、異性へのあるいは社会全体へのアピールであると私は考えています。
それは形式としては文化的な背景の中で生み出されてくるものですが、明らかにSEXの違いをベースにして両極に分かれてお互いの方向を向いているというイメージが、私にはあります。
異性に「モテたい」は永遠の欲望ですね。まぁ、それは同性にモテたいでもいいわけですが、人間だって生物としての宿命を免れてはいませんから、異性にアピールしたり、異性からアピールされたりします(同性でももちろん良いです。各自の性的な傾向で適宜読み替えてください)。
化粧や服の傾向は、そうした異性へのアピールという側面を持つと言えそうですね。
最近ハマッてるBlog「ぶっ飛ばせジェンダーフリー!」をリンクしますね。
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こんな本もあるのですが、この著者の人たち、例の「新しい歴史教科書を創る会」の偉い人ですね。
まずは読んで、すぐに受け売りしないでしっかり噛み砕きましょう。
そういう意味ではこの本お奨めします。
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